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東京地方裁判所 昭和35年(行)3号 判決

判  決

愛媛県松山市大字南久米二七五番地の一

原告

後藤信正

(ほか四名)

右原告ら訴訟代理人弁護士

岡井藤志郎

東京都千代田区霞ケ関

被告

農林大臣

河野一郎

右指定代理人法務省訟務局第三課長

岡本元夫

同法務事務官

川副康孝

同高松法務局訟務部長

大坪憲三

同第一課長

菊池義夫

同第二課長

渋谷誠夫

同松山地方法務局訟務課長

越智富市

同岡山農地事務局管理部農地課農林事務官

茅野鹿一

同農林技官

坪内正衛

右当事者間の昭和三五年(行)第三号国有農地売払請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告に別紙物件目録記載の各土地に関する原告らの昭和三二年三月一八日付売払申請につき許否の決定をする義務があることを確認する。

原告らのその余の訴は、いずれもこれを却下する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

第一、原告ら訴訟代理人は、次のような判決を求めた。

一、第一次的請求の趣旨

(一) 被告が原告らの別紙物件目録記載の各土地につき昭和三五年四月一六日付でした農地法第八〇条第一項の認定の請求並びに昭和三二年三月一八日付でした売払請求をいずれも却下した処分はこれを取り消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二、第二次的請求の趣旨

(一) 被告は、原告らに対し、別紙物件目録記載の各土地につき農地法第八〇条第一項の認定をしたうえこれを売り払うべし。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

三、第三次的請求の趣旨

(一) 被告に原告らに対し別紙物件目録記載の各土地につき農地法第八〇条第一項の認定をしたうえこれを売り払う義務があることを確認する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

第二、被告指定代理人は、次のような判決を求めた。

一、本案前の申立

(一) 本件訴はこれを却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

二、本案の申立

(一) 原告らの請求はいずれもこれを却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(当事者双方の主張)

第一、原告ら訴訟代理人は、請求の原因及び被告らの本案前の申立の理由に対する反論として次のとおり述べた。

一、別紙物件目録記載の各土地(以下一括して本件土地という。)は、もと同目録記載の各原告ら(但し同目録記載の土地は原告吉田マサノの被相続人である夫吉田勘次郎)の所有であつたところ、愛媛県知事は、旧自作農特別措置法(以下自創法という。)第三条の規定に基き、別紙物件目録(一)ないし(三)、(五)記載の各土地につき昭和二二年一二月二日、同目録(四)記載の土地につき同年七月二日それぞれ原告らに対して買収処分をしたが、同法に基く売渡処分をすることなく昭和二三年五月二五日農林省通達に基きいわゆる五箇年売渡保留農地の指定をしたので、以来被告がこれを管理している。(右通達はその後昭和二三年一〇月五日農林省令第九一号によつて自創法施行規則第七条の二の三として立法化されたが、昭和二七年一〇月二一日農地法施行規則の施行に伴つて廃止された。)

二、本件土地は国有鉄道松山駅に近接して位置し、松山市特別都市計画の土地区画整理施行区域内にあつて、もともと自創法第五条第四号による愛媛県知事の指定を受くべき土地であつたが、小作人の反対によつてその指定はなされなかつた。しかし本件土地の周辺は市街地に隣接しており買収処分当時からすでに宅地化の傾向が強かつたので、本件土地は前述のとおり売渡の対象とならず、いわゆる五箇年売渡保留農地の指定を受けたのであるが、その後被告からその貸付を受けた耕作者は、売渡を待つて本件土地を宅地化したうえ莫大な代金で第三者に売却すべく着々準備中であり、その周辺の状況からいつても極めて近い将来における本件土地の宅地化は必至といわなければならず、反面もはや農地としては存続しえないので買収当初の自作農創設又は土地の農業上の利用の増進の目的は全く失われていることが明らかである。これを要するに本件土地はすでに農地法施行令第一六条第四号にいう「公用、公共用又は国民生活の安定上必要な施設の用に供する緊急の必要があり、且つ、その用に供されることが確実な土地」に該当するにいたつたものということができる。もつとも本件土地の現況はなお農地であり、まだ宅地とはなつていないけれども、右規定が「……の用に供する緊急の必要があり」とか「その用に供されることが確実」というような表現を用いていることからすれば、これに該当する土地はすでに現況宅地となつている土地ではなく宅地化が目前に迫つている土地をいうものと解すべきである。

三、農地法第八〇条の規定は、農林大臣が同法第七八条第一項の規定によつて管理する土地等が政令で定めるところにより自作農創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供することが不相当となつたとき農林大臣にその旨の認定と買収前の所有者への売払の義務を課し、反面買収前の所有者に右土地等の売払請求権を認めたものであるが、農林大臣による右認定並びに売払は、右土地等が右農地法の規定を受けた同法施行令第一六条各号に該当するにいたつたときは被告において必ずこれをしなければならない義務を生ずるいわゆる法規裁量行為である。したがつて、前述のとおり本件土地がすでに同条第四号に該当するにいたつた以上、被告は本件土地につき農地法第八〇条第一項の認定をしたうえ同条第二項に基いて買収前の所有者である原告らにこれを売り払う処分をなすべき義務があるものといわなければならない。もつとも同法施行令第一六条は「認定をすることができる。」と規定しているので、一見被告の裁量に委ねられている如くであるけれども、一般に行政庁の権限は同時に公法上の義務としての性質を有するのであるから、右の規定も「認定をしなければならない。」という趣旨に解釈すべきである。

四、原告らは昭和三二年三月一八日付「買収農地売払請求書」と題する書面を被告に提出して本件土地につき農地法第八〇条第二項に基く売払処分の請求をなし、さらに昭和三五年四月一六日付「農地法第八〇条第一項の認定を求める申請」と題する書面を被告に提出して同じく本件土地につき同法第八〇条第一項、同法施行令第一六条第四号の認定をすべき旨の請求をした(農地法には農林大臣の管理する農地の買収前の所有者が右土地につき同法第八〇条の認定ないし売払を請求することができる旨の規定が存しないけれども、右農地が政令の定める要件を具備するにいたつたときは右買収前の所有者に当該農地の売払請求権が発生することはすでに述べたとおりであるから、かゝる手続規定の存否にかゝわらず、右認定ないし売払の請求をなしうることは当然である。)が、被告は右いずれの請求に対しても本件口頭弁論終結当時まで何ら許否の決定をしない。しかし、行政事件訴訟特例法第二条但書の規定に照らしても、被告としても、右各請求を受けてから三箇月の期間があれば充分に請求を認容すべきか否かの判断ができるはずであるから、被告が何らの応答をすることなく右期間を従過した以上、原告らの右各請求をいずれも却下したものと解するのが相当である。よつて第一次請求として右各却下処分の取消を求め、さらに被告に対し本件土地につき農地法第八〇条第一項の認定をしたうえ、これを別紙物件目録記載の各原告にそれぞれ売り払うことを求める。

五、仮に原告らの右認定並びに売払請求に対し、被告が却下処分をしたものと解することができないとしても、本件土地が農地法施行令第一六条第四号に該当するにいたつたことによつて買収前の所有者である原告らの請求をまつまでもなく被告に本件土地につき農地法第八〇条の認定及び売払をなすべき義務があること前述のとおりであるから、第二次の請求として被告に対し、本件土地につき農地法第八〇条第一項の認定をしたうえ、これを別紙物件目録記載の各原告にそれぞれ売り払うことを求める。また仮に被告に対して右認定並びに売払を請求することができないとすれば、第三次請求として被告が右認定並びに売払をする義務があることの確認を求める。

六、被告は行政庁に対し行政処分をすることを求める給付請求は許されないと主張するが、一定の行政処分をなすべきことが法律上行政庁の義務とされている場合において国民がその義務の履行を求めうることは通常の民事訴訟において義務の履行を求めうることゝ何ら異るところはなく、裁判所が行政庁に対しかゝる義務の履行を命ずることは何ら三権分立の建前に反するものではない。このことは裁判所がすでになされた行政処分を取り消し、あるいはその無効を確認するのと何ら本質的に異るところはない。したがつて本件において原告らが被告に対して認定、売払をすることを求める請求は適法である。

七、さらに被告は行政庁に行政処分をする義務があることの確認を求める請求は許されないと主張するが、行政庁に一定の行政処分をする義務があることの確認は、その義務に反する行政処分がなされた後にそれが違法であることを理由としてその取消ないし無効の確認をするのと実質的には異るところはないから、本訴において原告らが被告らに対する認定、売払の義務があることの確認を求める請求は何ら不適法ではない。

第二被告指定代理人は、本案前の申立の理由として次のとおり述べた。

一、本件土地についての原告らの農地法第八〇条の認定並びに売払請求を被告が却下した処分の取消を求める請求について。

原告らが昭和三二年三月一八日付「買収農地売払請求書」と題する書面を被告に提出して農地法第八〇条第二項の売払を請求する旨申し立てたことは認める。しかし、一般に行政庁が特定の申請に対して一定の期間内に何らの応答をしないという場合、当該行政庁がその申請を排斥する処分をしたものとみなされるのは、特に法律の規定が存在する場合に限られるのであつて、かゝる法律の規定が存しない場合には、行政庁が特定の申請に対して一定の期間内に何らの応答をしないということから直ちに当該行政庁が右申請を排斥する処分をしたものとはいえない。しかし原告ら主張の認定並びに売払の請求については農地法上に右のような趣旨の規定は存しないから、その甲請に対して被告が三箇月以上何らの応答をしないということから直ちに被告が原告らの請求を却下する処分をしたものとみなすことができないことは明らかである。したがつて、原告らの認定並びに売払請求につき被告が却下処分をしたものとしてその取消を求める請求は抗告訴訟の対象を欠き不適法である。

二、被告に対し、本件土地につき農地法第八〇条の認定をしたうえ原告らにこれを売払うことを求める請求について。

農地法第八〇条は、自創法や農地法によつて買収された農地で農林大臣が管理している土地について、これが同法施行令第一六条第四号に該当し、かつ農林大臣において自作農創設等の用に供しないことを相当と認めたときは、買収前の所有者に売り払わなければならないと定めているが、それは買収した農地がその後の新たな事情の発生により買収の目的である自作農創設等の用に供しないことが相当であると農林大臣において認めた場合においてもなお農林大臣が管理を継続することは適当でないので、そのような場合には当該農地を所有者に返還する趣旨で設けられたものと解される。しかして自作農創設等の用に供しないことが相当である旨の農林大臣の認定は、同大臣が公権力の行使として行う行政処分ではなく行政庁内部における事実上の行為であると解すべきであるが、買収前の所有者に返還するということは農林大臣の右認定があつた場合においてのみ行われうることであつて、この認定があつて初めて買収前の所有者は農地法施行規則第五〇条の申込書を提出することができ、農林大臣は当該農地を必ず買収前の所有者に売り払わなければならないこととされている。しかして農地法第八〇条の規定は、単に農林大臣に売払をなすべき義務を課し、農林大臣が買収前の所有者に対し損害賠償責任を負担せしめることによつて農地の価格相当の財産的価値の回復を可能ならしめるにすぎないと解すべきではないけれども、右規定は土地収用法において定めるように買収前の所有者に形成権たる買い受け権を認めたものであると解することは規定の体裁からいつて困難である。したがつて農地法第八〇条第一項は、要するに農林大臣が認定した土地について買収前の所有者に売払の申請権を認め、農林大臣は買収前の所有者から売払の申請があつたときは、売払という行政処分を行う権限があることを認め、同第第二項はその権限の行使について必要な規制をしたものであると解するのが相当である。被告に対し本件土地の売払を求める原告らの請求は訴をもつて行政処分を行うことを求めるものであつて三権分立の建前の上からいつて許されないといわなければならない。

三、被告に三件土地につき農地法第八〇条の認定をしたうえ原告らにこれを売り払う義務があることの確認を求める請求について。

(一) 農地法第八〇条に基く売払を行政処分と解すべきことは前述のとおりである以上、売払行為をなすべきことの義務の確認は要するに行政処分をなすべき義務があることの確認に外ならず、一般にかような確認の請求は、行政処分をなすべきことを求める給付の訴が許されないと同様の理由によつて許容されないものというべきである。けだし、裁判所は行政処分がなされた場合にそれが適法であるかどうかを事後的に判断する権限を有するにすぎず、まだ行政処分がなされない前に積極的に行政庁が何をなすべきかを確定することによつて当該行政庁に一定の行政処分をする拘束を加える権限を有するものではなく、この意味においては行政処分を求める給付の訴であろうと、行政処分をなすべき義務があることの確認の訴であろうとその間に何ら差異はない。

(二) 仮に行政庁が一定の行政処分をする義務があることの確認を求める訴が一定の制約のもとに許されるとしても、本件右土地については未だ農地法第八〇条第一項の認定がないのであるからかような訴の認められる余地はない。農林大臣は、買収した農地が自作農創設等の用に供しないのが相当であると認定したときは、買収前の所有者に通知(農地法施行令第一七条)し、その結果買収前の所有者において売払申込書を農林大臣に提出(農地法施行規則第五〇条)して売払の申請をしたときはその売払を行うのであつて、要するに買収前の所有者は農林大臣の認定がありその通知がなされて初めて売払の申請をすることができるのであるし、農林大臣はその申請があつて初めて売払を行うことができるのである。したがつて農林大臣の認定がない限り売払という問題も起らないのであつて、買収前の所有者は認定のない段階においてはまだ売払を求めうる法的地位を有せず、被告に対し原告らへの売払義務の確認を訴求することも許されないといわなければならない。

第三、被告指定代理人は、請求原因に対する答弁及び被告の主張として次のとおり述べた。

一、請求原因一記載の事実は認める。同二記載の事実のうち本件土地が国鉄松山駅に近接して位置し、松山市特別都市計画区域の土地区画整理施行区域内にあること、いわゆる五箇年売渡保留地に指定されたこと、本件土地につき農地法第三六条及び自創法の規定による売渡がまだ行われていないこと、同法第八〇条の規定による認定及び売払がされていないことは認めるが、その余る事実は否認する。同三記載の主張は争う。同四記載の事実のうち原告らが昭和三二年三月一八日付で被告に対し「買収農地売払請求書」と題する書面を提出したが、被告はこれに対して応答をしていないことは認めるが、その余の事実は否認する。同五記載の主張は争う。

二、農林大臣が、農地法第七八条第一項の規定により同項所定の国有財産を管理するのは、これらの財産の本質をなす自作農創設等の公共的性格がその管理、処分と直接の関係を有するためであり、その管理、処分の主たる目的は、右財産を土地の耕作者その他の農民に売り渡して自作農を創設することに外ならない。このことは右財産が、いわゆる五箇年売渡保留の指定を受けたと否とにかかわらない。けだし、いわゆる五箇年売渡保留の指定の根拠規定である自創法施行規則第七条の二の三は、都道府県知事が農林大臣の有する前記趣旨の管理権の範囲内でその農地を直ちに売渡すことが自作農創設等の目的の達成という見地から必らずしも妥当とは認められないような場合に地域を指定して売渡を保留し、もつて行政の円滑な運用に資するとした訓示的規定に外ならないからである。(しかも同規定は昭和二七年一〇月二一日農地法施行規則の施行に伴つて廃止されている。)

三、農地法第八〇条に規定する農林大臣の認定は、右のようにして農林大臣が管理する財産を新たな事情の発生等により自然的経済条件に照らして自作農創設等その本来の公共の目的に供するのを不相当とするにいたつたとき、これらの財産からその公共的性格を剥奪する行為である。しかして同条は右認定行為の重要性にかんがみ、同法施行令第一六条にその要件を規定せしめているけれども、認定行為自体は農林大臣が専ら国家的政策の見地に立つてその固有の権限に基いて行うものであるから、農林大臣が農地法第七八条の規定によつて管理する農地の買収前の所有者といえども同大臣に対して右認定を請求することはできないものといわなければならない。したがつて本件において原告らが被告に対し本件土地につき農地法第八〇条の認定を求める請求はそれ自体理由がないものというべく、しかも本件土地は農地法施行令第一六条各号の要件に該当するものではないからいずれにしても理由がない。

四、農地法第八〇条第一項の認定があつた後には農林大臣は当該財産をいわば清算的事務として管理するにすぎなくなり、同法の規定による売払も右清算的事項に属する手続であるが、農林大臣が同条第一項に基き売払をするか否かは、機宜に応ずる適正な運用を図るため全く農林大臣の裁量に委ねられている。同項が「……これを売り払い……することができる。」という規定の仕方をしていることは右の解釈を裏付けるものである。もつとも同法第八〇条第二項の規定によれば、農林大臣は右の売払をする場合においてはまず買収前の所有者に対して買収時の価額により売り払わなければならないと解されるけれども、そもそも売払をするか否かは全く農林大臣の裁量による以上買収前の所有者の右優先買受権は、単に第三者を優先順位者とする売払がなされるべきでないことを確保しうる消極的な意味の利益を持つにすぎない。要するに農地法第八〇条第二項の規定は、とくに買収前の所有者に農林大臣に対し売払を請求する権利を認めた趣旨ではないと解すべきであつて、本件土地の買収前の所有者である原告らにかような売払請求権があることを前提とする原告らの請求は理由がないといわなければならない。

(証拠関係)(省略)

理由

第一原告らの第一次的請求(別紙物件目録記載の各土地〔本件土地〕についての原告らの農地法第八〇条の認定並びに売払請求を被告が却下した処分の取消を求める請求)について。

原告らが本件土地について昭和三二年三月一八日付で被告に対し「買収農地売払請求書」と題する書面を提出して農地法第八〇条第二項による売払を申請する旨を申し立てたことは当事者間に争がなく、原本の存在及び成立に争のない甲第四号証によると、原告らは昭和三五年四月一六日付で被告に対し「農地法第八〇条第一項の認定を求める申請」と題する書面を提出して本件土地につき同法第八〇条第一項の認定を申請する旨を申し立てたことが認められる。原告らは、農地法第八〇条の認定及び売払がいずれも行政処分であつて本件土地の買収前の所有者である原告らに右土地につき右各行政処分を求める権利があることを前提として第一次的に被告が原告らの前記各申請を却下したものと主張してその各却下処分の取消を求めるのであるが、仮に右認定及び売払がいずれも原告ら主張のように行政処分であるとしても(この点についてはのちに詳述する。)、口頭弁論の全趣旨によれば、被告は原告らの右各申請に対し本件口頭弁論の終結時にいたるまで何ら許否の決定をしていないことが明らかであつて、取り消すべき行政処分が存在しないこととなるから、原告らの右訴は、それだけで不適法といわなければならない。原告らは、被告は行政事件訴訟特例法第二条但書の規定に照らしても前記各申請を受理してから少くとも三箇月の期間があれば充分に申請の当否につき判断できるはずであるから、被告が何ら許否の決定をすることなく右期間を経過した以上、原告らの各申請をいずれも却下したものと解すべきであると主張するのが、行政事件訴訟特例法第二条但書の規定は、訴願の提起があつてから三箇月を経過したとき又は正当な事由があるときは訴願の裁決を経ないで訴を提起することができる旨を規定しているにとどまり、訴願提起後三箇月を経過すれば訴願を棄却ないし却下する処分があつたものとみなすという趣旨のことを定めたものではないし、一般に行政庁に対し申請権者から一定の行政処分を求める旨の申請がなされた場合において、一定期間経過後は当該申請を棄却あるいは却下する処分があつたものとみなすことは明文の規定(たとえば地方自治法第二五七条第二項)があつてはじめて可能であると解すべきであるから、かような規定の存しない本件の場合には原告らの右主張は理由がないといわなければならない。

第二原告らの第二次的請求(被告に対し、本件土地につき原告らに対して農地法第八〇条第一項の認定をしたうえ、これを売り払うことを求める請求)及び第三次的請求(被告に対し、本件土地につき原告らに対し農地法第第八〇条第一項の認定をしたうえ、これを売り払う義務があることの確認を求める請求)について。

一、原告らの第二次的請求及び第三次的請求はいずれも第一次的請求と同じく農地法第八〇条の認定及び売払がいずれも行政処分であることを前提とするものであるが、右主張を肯認しうるかどうかにつき判断を示す前に、まず仮にこれを行政処分とした場合に右のごとき請求を内容とする訴が適法であるかどうかについて判断する。

一般に行政庁が特定の個人に対してその者の利益のために特定の行政処分をなすべき法律上の拘束を受けているにもかかわらずこれをしない場合において、右の個人が当該行政庁に対して右の処分をなすべきことを命ずる判決を求め、あるいは右行政庁にかかる処分をなすべき義務があることを確認する判決を求めることができるかどうかについては、裁判例及び学説上議論の存するところである。思うに日本国憲法のもとにおいては、行政権の作用に対する司法的抑制の制度が採用され、行政権の行使をめぐる具体的な法律上の紛争に対する司法審査が保障されているけれども、かかる行政作用の適法違法についての判断権が窮極においてなんらかの形で司法裁判所に与えられる限り、行政権の行使のいかなる態様に対し又そのいかなる段階において、いかなる形による訴訟を認めるかについては、ある程度まで立法上任意にこれを定めうるものというべきところ、現行行政事件訴訟特例法は、かかる訴訟の形式として行政庁の処分の取消を求める訴訟のみを特にとりあげて規定し、それ以外には単に「その他の公法上の権利関係に関する訴訟」の可能性を前提とする規定を設けるにとどまり、後者の訴訟がいかなるものを指すか、右以外にも許される訴訟形式が存するかについては、規定上これを明らかにするところがない。しかしながら同法が右のごとく特に行政庁の処分の取消を求める訴なるものを規定した背後には、次の如き考慮がひそんでいることを推察するに難くない。すなわち、法律が行政権の行使に関して法的規制を施し、法律上一定の要件が充足された場合には行政庁において一定の処分をなすべきことが定められ、あるいはかような場合にのみ一定の処分をすることができ、それ以外の場合には処分をすることができないとされている場合において、具体的にかような処分をすべき場合であるかどうか、あるいはかような処分をすることができる場合であるかどうかに関し当該処分によつて法律上の利益または不利益を受ける者と当該行政庁との間に争いが存するときにおいても、私人間の法律関係に関する争いにおけるごとく、直ちに一方の当事者に対して裁判所に出訴して右の法律関係の確定を求めることを許さず、まず第一次的に当該行政庁をしてこの点に関する公権的判断をなさしめ、その判断に対して一応の妥当力を付与し(これがいわゆる行政分の公定力と呼ばれるものであつて、私法上の法律関係における紛争の一方当事者である私人の判断には認められない特殊な効力である。)、右の判断に基づく行政処分によつて法律上の不利益を受ける者は、いわゆる取消訴訟という訴訟における上訴に類似した特殊の不服申立方法によつてのみ行政庁の右の判断の適否を争い、右判断に付与された妥当力を失わせることができるとすることが、行政の円滑な運営に資するゆえんであり、また行政庁に対して右のごとく公定力を伴う第一次的判断権を留保し、司法裁判所の行政権に対する介入を行政庁の処分の事後審査に基づく取消という消極的是正の域内にとどめることが憲法の基本原理の一つをなす三権分立の原則から生ずる行政権の独自性の要請をみたしつつ、他面個人の人権保護の目的をも達することができるゆえんであると考えられているものと推察されるのである。いわゆる取消訴訟を認めた趣旨が右のごとき考慮に出でたものであるとすれば、一般に行政庁が特定の処分をする前に個人が右行政庁に対してかかる処分をなすべきことを命ずる判決を求めたり、あるいはかかる処分をなすべき義務があることを確認する判決を求めることは、司法裁判所をして行政作用に対し単なるその事後審査に基く消極的是正の域を超えて事前に積極的な介入と統制の作用を営ましめるものとして、原則的にはこれを許さないとするのが現行法の建前であると解すべきである。しかしながらこのことから直ちに、行政庁が特定の個人に対してその者の利益のために特定の処分をなすべき法律上の拘束を受けているのにかかる処分をしない場合においても、右個人は国家賠償による損害賠償を請求する以外にはいかなる権利救済の方法をももたないとするのが現行法の趣旨であると速断するのは正当でない。むしろ行政権の行使により権利を害された者に対し司法的救済を認めてその保護を全からしめようとする憲法の趣旨から推すときは、行政事作訴訟特例法は、前記のいわゆる行政処分の取消訴訟を認めた趣旨と矛盾しない範囲において損害賠償以外のなんらかの形による権利救済の方法を認めることを排除しようとするものではなく、かような訴訟を想定しうる限り、これを同法にいわゆる「その他の公法上の権利関係に関する訴訟」の一つとして容認しているものと解すのが相当である。そしてこの見地に立つて考えるときは、一般に法律上特定の個人が行政庁に対して特定の行政処分を請求する権利を有する場合において(個人の行政庁に対するかかる処分請求権の存在自体を一般的に否定する見解があるが、法律が個人の利益のためにその者に対する関係において行政庁に対し特定の処分をなすべき拘束を課している場合に、実体法上かかる個人の行政庁に対する処分請求権を否定すべき理由はない。前述のように権利者が右の請求権につき私法上の請求権のように直接裁判所に出訴してその実現を求めることができないということは、なんらその権利性を否定する理由とはならない。)、行政庁が右の請求に対し許否いずれの決定もしないで放置している場合には、右個人において右行政庁に対しその請求に対してなんらかの処分をすべき義務があることの確認を求める訴訟を許してしかるべきものと考える。けだしかような訴訟は、具体的場合に果して請求にかかる処分をなすべきものかどうかに関する右個人と行政庁との間の争いについて、まず当該行政庁が第一次的に公権的判断をなすべきことを求めるものにほかならないから、これを許すことによつて前記の行政庁の第一次的判断権は毫もそこなわれることがないし、かような決定を拒否する自由をもなおいわゆる行政権の独自性の名において行政庁に留保すべき理由は全く存在しないから、これにより司法裁判所の介入を原則として事後審査に基づく消極的是正の域にとどめようとする法の建前に抵触するということはできないのである。もつとも、かような訴訟も、当該個人が行政庁に対して一定の処分をなすべきことを要求し(かかる要求が行政手続上はいわゆる申請という意思表示としてなされるものであり、法律上個人に対して処分請求権が与えられている場合には、同時にまたかかる処分を請求しうる可能性を有する者につき処分請求権の存否に関する行政庁の決定を要求しうる申請権が与えられており、これに対応して行政庁の側に右申請に対してなんらかの決定をなすべき義務が課せられているのと解すべきことについては、後に詳述する。)、この要求に対して行政庁が正当な理由なくして相当な期間を経過してもなおなんらの処分をもしない場合にのみ、出訴の利益を肯定すべきものであるが、この要件をみたす限り、かような訴を現行法上許されざる不適法な訴と解すべき理由は存在しない。

右に述べたところからみると、原告らの第二次的請求に係る訴はもちろん第三次的請求において積極的に認定及び売払処分をなすべき義務の確認を求める部分はいずれも不適法たるを免かれない。しかしながら、右第三次的請求においては、明示的には表示せられていないけれども、右のごとく認定及び売払処分をなすべき義務の確認を求める訴が不適法である場合には少くとも原告らのした請求に対して許否いずれかの決定をなすべき義務があるとの確認を求める請求が暗黙に含まれているものと解するのが相当であるところ、原告らが本件土地につき昭和三二年三月一八日付書面で被告に対して農地法第八〇条第二項による売払を申請し、またその後も昭和三五年四月一六日付書面で重ねて同条第一項による認定を申請したことは冒頭記載のとおりであり、これに対して被告が現在まで許否いずれの決定もしないで放置していることは被告の明らかに争わないところであつて、かかる決定の遅延についての合理的な理由はこれを見出すことができないのであるから、右原告らの申請に対する被告の決定がいわゆる行政庁の処分といい得る限り、また、原告らがかかる行政処分を請求する権利を有する限り、原告らの上記決定義務の確認を求める訴は適法であるとしなければならない。

二、そこで進んで原告らの請求に対してなす農林大臣の許否決定が行政庁の処分であるかどうかについて検討する。

(一) 旧自作農創設特別措置法及び農地法に基く農地、未墾地等の買収が自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進という公共の目的のために国が農地等の所有者から強制的にその所有権を取得するものであることは、上記各法律の規定上明らかであり、これらの法律における右のごとき農地等の所有権の強制的収用の制度が憲法第二九条第三項にいわゆる私有財産を公共のために用いるものとして右規定に基づいて制定されたものであることもあえて多言を要しないところである。ところで憲法の右規定は、それ自体としては一般に私有財産の収用につき、それを公共のために用いるということと被収用者の権利に対して正当な補償を与えるという二つの要件を定めているにとゞまり、収用時において右二つの要件をみたすことを超えて、被収用財産の収用後における法的性質についても一定の制限ないし負担を課し、例えば被収用財産が収用の目的である特定の公共の用に供せられないでいる間に事情の変更によつてかかる用に供する必要性が消滅するにいたつたような場合には、当該財産を当然に収用前の旧権利者に復帰させるとか、あるいはこれを右の旧権利者に復帰せしめるような措置をとるべきことを国に対して義務づけることを要求しているものと解することはできないけれども(もしこの点を積極に解するなら、収用を認める法律自体においてかような権利回復措置を規定しなければ、その法律が全体として憲法に違反し、無効となる可能性があろう。)、右のごとき場合においては収用した私有財産をそのままの状態において保持すべき合理的理由はないのであるから、原則として旧権利者にこれを回復する権利を保障するような立法上の措置をとることが公平の原則にも合致し、かつ、私有財産の尊重を基本としながらひとえに公共の要求のためにのみその強制的収用を認めた憲法の上記規定の精神にも合致するゆえんであると考えられる。現に土地に関する権利の収用一般について規定した土地収用法が、その第一〇六条第一項において、収用の時期から一定期間内に収用した土地が不用となつたとき、又はこれを事業の用に供しなかつたときに当該土地の旧権利者(又はその包括承継人)にその買受権なる私法上の形成権を認めているのも、右の趣旨に出でたものと考えることができるのである。このようにみてゆくと、一般にある法律が一定の私有財産の収用を規定するとともに収用後において右財産を収用の目的である公共の用に供する必要がなくなつた場合にこれを被収用者に返還することを定めている場合においては、特に被収用者にかかる返還を求める権利を設定する旨を明示的に規定していなくとも、当該法律の規定上反対の趣旨があらわれていない限りは、法律は被収用者に返還を求める権利を与えたものと解するのが合理的というべきである。これを農地等の買収についてみるに、旧自作農創設特別措置法は上記のごとき場合において被買収者に農地等の権利を回復する措置についてなんら規定するところがなかつたが、農地法はその第八〇条第一項において、農林大臣は、同法第七八条第一項の規定により管理する土地等について政令で定めるところにより自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、省令で定めるところにより、これを売り払い、又はその所管換若しくは所属替をすることができると規定し、さらに同条第二項において、前項の規定により売り払い、又は所管換若しくは所属替をすることができる土地等が同法第九条、第一四条、第四四条の各規定により買収したものであるときは(自創法第三条等の規定による買収農地等で同法第四六条第一項の規定により農林大臣が管理しているものも農地法施行法第五条の規定により農地法第八〇条等の規定の適用については国が同法第九条等により買収したものとみなされている。)、農林大臣は政令で定める場合を除き、当該農地等を旧所有者に売り払わなければならないと規定している。思うに、自作農創設特別措置法制定当時においては、買収した農地等を自作農創設又は土地の農業上の利用の増進等の目的に供しないというがごとき事態を予想せず、したがつてかかる場合に関する立法上の措置がとられなかつたが、同法施行後において現実に買収農地等をかかる目的に供することを適当としない場合が生じてきたことにかんがみ、農地法においては、かかる農地等を原則として旧所有者に返還する措置を講することが適当であるとして新たに右第八〇条の規定を設けるにいたつたもので、同条に規定する旧所有者に対する農地等の売払の制度は、あたかも上記土地収用法における被収用者の買受権の制度に対応し、その立法の趣旨を同じくするものと考えられるのである。しかし右規定の制定理由をこのように理解するときは、特に反対に解すべき特段の理由のない限り、同条は、買収に係る農地等が同条所定の要件を具備するにいたつたときは、原則としてこれを旧所有者に売払うことを農林大臣に義務づけたもの、換言すれば右旧所有者に対してかかる売払いを要求しうる権利を与えたものと解するのが相当である。しかるに農地法上右規定の趣旨を反対に解すべき特段の理由はどこにもみあたらないのみならず、かえつて同条の規定をつぶさに検討すると、同条第一項は、農林大臣が農地等を自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めたときは、これを売り払い、又は所管換若しくは所属替することができると定め、あたかも農林大臣に単なる権限を与えるにとどまりこれに法的拘束を課していないようにみえるけれども、同条等二項は、農林大臣が前記のような認定をした農地等が同項に定める買収農地等である場合には、これをその農地等の旧所有者に売り払わなければならないと定めているのであるから、両者をあわせ読めば、農林大臣は、その管理する農地等が第二項に定める買収農地等である限り、これを自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めれば必ず旧所有者に売り払わなければならないとの拘束を課せられていることが明らかであるといいうるのである。もつとも、前記第八〇条第一項は、「農林大臣は、……政令で定めるところにより、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは……」と規定し、また農地法施行令第一六条は同条に掲げる四つの号のいずれかに該当する場合にのみ農林大臣において右の認定をすることができると規定して農林大臣の認定権に制限を加えているので、規定の体裁のみからみれば、農林大臣は特定の土地等を自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めるかどうかについて自由な裁量権を有し、単に前記施行令第一六条に掲げる場合でなければかかる認定をしてはならない旨の消極的拘束を受けるにとゞまるようにみえないではない。しかしながら、前記農地法第八〇条第一項にいう自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことが相当であるかどうかの判断については、事柄の性質上、法律上確定された内容の要件事実が客観的に存在するかどうかの判断とは異なり、そこに政策的な価値評価が加わることを否定することができず、法律も又農林大臣のかかる政策的判断を期待しているものと解することができるけれども、それだからといつて、被告の主張するごとく、農林大臣は右のような認定をするかしないかにつき完全な自由選択権をもち、明らかに自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことが相当であると認められる農地等についてもかような認定をしないことができ、旧所有としては、農林大臣が当然かかる認定をなすべき場合であることが客観的に明白であるときでも、その認定のない限り何ら手の施しようがないものとする趣旨であると解さなければならないような根拠は、農地法や同法施行令の規定を通覧してもどこにもみあたらないのであつて、かかる解釈が、結局において、旧所有者の買収農地等の売払いを受ける利益を行政庁の自由な選択によつて左右される単なる恣意的利益にすぎないものとに帰し、上記のごとき本規定の制定趣旨に反することとなることを思えば、右はとうてい合理的な解釈であるということはできない。それ故、農林大臣は、ある範囲においては、買収農地等を自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めなければならない拘束を受け、右認定に基づいてこれを旧所有者に売払うべき義務を負担しているものといわなければならない。

(二) そこで右の解釈の上に立つて、買収農地等の旧所有者が農林大臣に対してなす右農地等の売払の請求が行政庁の処分を要求するものであるか、売払行為という私法上の行為を要求するものであるかを検討する。公共の目的に供するために強制的に収用した私有財産を右用途にあてる必要性が消滅したことを理由として被収用者に返還する場合において、その返還の方法をいかに定めるかは立法者の随意に決定しうるところであつて、私法上の行為を媒介として被収用者に権利を回復せしめることも、行政処分によつてかかる結果を生ぜしめることもひとしく可能であるから、具体的場合においていかなる方法がとられているかは、各法律の規定自体に照らしてこれを決するほかはない。そこで農地法第八〇条の規定がこれにつきいかなる態度をとつているかをみるに、同条は、前記のように、農林大臣が売払手続をとる前に当該買収農地等が自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことが相当であるかどうかの認定をなすべきことを要求し、かかる認定をしたものについてのみ売払手続をとるべきことを定めている。元来同条の適用を受くべき農地等は、自作農の創設等の公共の目的に供するために強制的に買収し、これを行政処分たる売渡処分によつて農業に精進する見込のある者に売り渡すことを予定されていたもので、その意味においては一種の公共用財産たる性格をもち、農林大臣はこれを農地行政の責任者たる立場において管理しているものであるから、国の普通財産の管理者とは著しくその性格を異にしている。そして、農林大臣はかかる農地行政の責任者たる立場において、その管理する公共用財産たる農地等につき、これを右の公共目的に供しないことを相当とするかどうかを認定し、かかる認定に基づいてこれが売払をするのであるから、農林大臣のなす右の行為中には、買収という行政処分によつて農地等に付与された右のごとき内容の公共用財産たる性格を行政上の個別的具体的判断に基づいて右財産から剥奪する作用が含まれていることを否定し得ないのであつて、かかる行為は、国の機関が私法上の財産権の主体たる国の機関としてこれを処分する場合とは著しくその趣を異にし、あくまでも行政権の行使機関としての立場においてなされる行政処分たる性質をもつものと解すべきである。また、これを別の角度から考察するに、農地法第八〇条が買収農地等の旧所有者に対し一定の範囲において売払を請求する権利を与えたものと解すべきこと前示のとおりであるが、同条が、かかる売払の前提として、上記のように、農林大臣において当該農地等を自作農の創設等の目的に供しないことが相当かどうかについて判断をすべきことを要求し、しかも右の判断については、農林大臣にある程度の裁量が与えられていることからみても、旧所有者に与えられた請求権を売払なる私法上の行為を請求する私法上の請求権と解することは相当でない。なんとなれば、法が私法上の請求権を付与する場合には、法律上右請求権取得の原因となる要件を明確に規定するのが常であり、行政庁が裁量的判断に基づいてなすことを認められている行為について、かかる行為を要求する私法上の請求権を個人に認めるというがごときは通常これを想定することができないからである(すでに述べたように、私法上の請求権は直接訴訟によつてこれを実現しうるものであるが、上記のような行為を要求する権利なるものは、これを訴訟によつて実現するに由ないものである。)。もつとも、この場合においても農林大臣のなす農地法第八〇条第一項の認定を独立の行為としてとらえ、右の認定行為によつて旧所有者に当該農地等の売払を請求する私法上の請求権が発生するものと解するとはき、右のような矛盾を避けることができるが、右認定は農林大臣の単なる内部的な判断たるにとゞまり、これを独立した行為と解することができないことは後に述べるとおりであるから、結局本件におけるごとき買収農地等の旧所有者が農林大臣に対してなす売払の請求は、単なる私法上の行為を請求するものではないといわなければならない。

このようなわけであるから、農地法第八〇条第二項に定める買収農地等の旧所有者たる原告らが農林大臣に対してなした前記農地等の売払請求は、行政処分をなすべきことの請求にほかならず、したがつてかかる請求に対し農林大臣になんらかの処分をなすべき義務があることの確認を求める訴は、結局適法であるとしなければならない。

なお、原告らは、農地法第八〇条第一項の農林大臣の認定をも独立の行政処分であるとして主張しているが、右認定は、右に述べた同条の規定の趣旨からみても、独立した農林大臣の処分ではなく、同条に基いて売払等の処分をなすための要件の存否、すなわち当該農地等を自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことが相当であるか否かについての農林大臣の内心の判断にすぎないものと解するのが相当であるから、右認定が行政処分であることを前提とする原告らの請求は不適法であるといわなければならない。

三そこで進んで原告らの売払の請求に対し、被告農林大臣に許否なんらかの決定をなすべき義務があるかどうかについて判断する。農地法第八〇条の規定が、農林大臣に対し、同法第九条等の規定によつて買収した農地等につき、ある範囲において、これを自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認め、これを旧所有者らに売り払わなければならない拘束を課していること、右規定が主として旧所有者らの利益のために設けられたものであり、旧所有者らのかかる利益は、農林大臣のなす処分の反射的な利益たるにとゞまらず、これらの者の権利と解すべきことはすでに説示したとおりである。ところで、一般に法律が個人の利益のために行政庁に対して一定の処分をなすべきことを義務づけ、右個人に対してかかる処分を要求しうる権利を与えたときは、同時にかかる権利実現のための方法として行政庁に対する申請権を認め、申請の方式その他の手続に関する規定を設けるのが普通であるが、このことは、かかる規定のない限りは法律は個人に対してかかる申請権を認めない趣旨であると解すべき理由とはならない。行政庁に対して一定の処分を要求し得る権利は実体法上の権利であり、いわゆる申請は、右の権利者が行政庁に対してその要求に係る処分をなすべきや否やを決定すべきことを促し、これを肯定した場合には右処分をなすべきことを求める行政手続上の行為であつて、両者は観念上これを区別すべきものである。そして、法律が前者の権利を認めた場合においては、さきに述べたように、現行制度上、かかる実体法上の権利の実現の方法として直接裁判所に出訴することが認められず、かかる実体法上の権利の有無についての行政庁の第一次的な判断を経たのちにおいてその判断に基づく処分の取消訴訟を通じてのみ右の権利の実現を可能とする建前がとられていることに応じて、法律の明文の規定の有無にかかわらず、右の実体法上の処分請求権を実現する手段として、当然に、かかる権利の存否に関する行政庁の判断を求める行政手続上の権利としての申請権が随伴せしめられているものと解するのが相当であるのみならず、さらに進んで、具体的場合に当該特定の個人が特定の行政処分を請求しうる実体法上の権利を有するかどうかは最終的に有権的な判断がなされるまでは確定できないことを考慮するときは、かかる請求権の存否について行政庁の判断を求める権利たる行政手続上の申請権なるものは、ひとり実体法上の処分請求権を有する者のみに限らず、かかる処分を請求しうる可能性を有する者に対しても与えられているものと解さなければならないというべきである。それ故本件においても、農地法第八〇条および同法施行令その他の付属法令中には買収農地の旧所有者が農林大臣に対し、その売払を請求する手続上の行為としての申請に関してはなんら規定するところがないが(もつとも同法施行規則第五〇条は売払を受けようとする者は農林大臣に対して同条所定の方式を備えた申込書を提出すべきことを規定しているが、右は同条の規定自体からも明らかなように、農林大臣が農地法第八〇条第一項の認定をしたのちにおいて具体的に売払をなす場合の手続に関する規定であつて、上記のごとき意味における売払行為なる行政処分を要求しうる権利を有する旧所有者らがその権利実現の方法としてなしうる申請の手続に関する規定ではない。)、それにもかかわらず、買収農地につき権利として農林大臣から売払を受ける可能性を有する右農地の旧所有者は農林大臣に対してかかる申請を不相当と認めてこれを却下または棄却するか、相当と認めて同法第八〇条第一項の認定をし、これに基づいて本件農地の売払手続をするか、いずれかの処分をなすべき義務があるものと解するのが相当である。しかるところ、原告らが本件買収農地の旧所有者であり、同土地が国鉄松山駅に近接して位置し松山市特別都市計画区域の土地区画整理施行区域内にあり、いわゆる五箇年売渡保留地に指定され、以来被告がこれを管理していることは当事者間に争いがなく、従つて、原告らは本件農地の旧所有者として、農地法第八〇条により、権利として被告に対し本件土地の売払を要求しうる可能性を有するものというべきであるから、被告は原告らがした前記本件土地の売払申請に対し拒否いずれかの処分をなすべき義務があるものといわなければならない。

以上の次第で、原告らの本訴請求中、被告らのした売払の請求に対しなんらかの処分をなすべき義務のあることの確認を求める部分は正当としてこれを認容すべく、その余の請求に係る訴はいずれも不適法としてこれを却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判長裁判官 位野木益雄

裁判官 中 村 治 朗

裁判官小中信幸は転任につき署名押印することができない。

裁判長裁判官 位野木益雄

物件目録(省略)

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